広島駅到着
金沢を朝8時頃のサンダーバードで出発し、
乗換時間に余裕のある新大阪で乗換え、
12時半頃に広島駅に到着した設定です。
今回は、駅から歩いて昼食場所へ向かいます。
広島駅は大幅にリニューアルされて
綺麗になり、分かりやすく、
使いやすくなりました。
駅から徒歩移動でランチ、その後半日観光
広島では、ほぼ必ず、
お好み焼きを食べるわけです。
広島駅南口、郵便局向かいのビルの6階
「ひろしまお好み物語 駅前ひろば」も
よく利用されます。
もちろん、別なお好み焼き屋さんへ
行くツアーも沢山ありますが、
駅前という立地のよさから、
「お好み物語駅前ひろば」さんは、
いつもインバウンドの団体客でいっぱいです。
1店舗に入りきらない場合、複数に分けます。
ツアー前確認で、割当店舗名と各人数を聞き、
カップルや家族が一緒になるよう、
ブループ分けしておきます。
駅からここまで移動してきて、
そのままランチ。
新幹線を利用する場合、
大きなスーツケースは別送しており、
小型キャリーやリュックなどの小荷物だけですが、
人数分まとまると邪魔になります;
事前にお店にお願いすると、
荷物置場を作っていただけます。
「お好み物語駅前ひろば」で昼食後に
市内観光に出る場合、
ほぼその前にバスが来てくれますが、
ホントは、そこは駐車禁止場所です。
ドライバー様と連絡をとりあい、
タイミングを合わせるよう調整し、
出来る限り早く乗り込んで出発します。
駅から専用車で移動の場合
広島駅に手配済の専用車に乗りこむ場合、
団体バスは北口(新幹線口)に到着します。
広島駅北口には、一度に多くの観光バスが
入れません。
駐車できる時間が決まっており、
旅行社様が予定駐車時間を予約しますので、
その予約時間内に乗車して出発します。
広島駅の新幹線口改札を出たら左手に進みます。
元気な人は階段を降りる。
足腰の弱い人、荷物がある人はエレベーター利用。
広島駅北口。正面がホテル・グランヴィア。
駅舎から真直ぐ伸びるデッキの手前が階段。
デッキの向こうに大型バス専用駐車場。
バス会社様に事前確認の連絡をするときは、
車番だけでなく、
車体の色やデザインも聞きましょう。
車番は見えないことも多いからです。
新幹線改札口まで、
迎えに来てくれるドライバー様もいますので、
いちおう氣を付けてみましょう。
新幹線で広島駅に到着後、
すぐに改札から出られればいいのですが、
お手洗いが混雑して時間がかかりそうな場合は、
早めにドライバー様に連絡します。
観光バス駐車場は有料。
20分以上は滞在できませんので、
モタつかないよう注意。
広島から宮島へ公共交通機関利用の場合
募集ツアーでも少人数の場合、
場合によっては、大人数でも、
公共交通機関利用になることがあります。
(大ショック)
広島駅に荷物を預ける必要がある場合
何等かの事情や行程によっては、
駅に荷物を預けてから、
公共交通で観光することもあります。
大きなコインロッカー
広島駅南口を出て左折、
直進してしばらく進んだ左手に、
コインロッカー・ルームがあります。
できるだけ近くのコインロッカーを確保し、
壊れ物や潰れ物などに氣をつけて、
上手くまとめて重ねます。
領収書は出ません。
個々のロッカーの金額を必ずメモするか、
写真撮影して記録を取ります。
路面電車
広島での公共交通機関の主役、ヒロデン。
広島電鉄
広島で公共交通機関利用が確定なら、
行程をよく観察し、動線を徹底的に研究します。
駅と、原爆ドームあたりとの往復だけなら、
1日乗車券を買うまでもないでしょう。
特有の「乗換制度」もありますので、
詳細は、広電さんのサイトで研究しましょう。
広島市内を電車で観光する方法についての
サイトもたくさんあります。
タクシー
タクシーも、公共交通機関のひとつです。
公共交通機関利用と言われれば、
ホテルまでの移動も、荷物を持ったまま、
基本は電車利用になります。
(大きなスーツケースは別送済み)
高額ツアーのゲストにそんなことをすると、
クレームになると考えて間違いありません。
その場で文句を言わなくても、
帰国後に問題にされます。
「あれだけ高額な料金を支払ったのに、
自分で荷物を持ってホテルまで電車で移動とは、
どうこうことか?」ということになるのです。
旅行会社の手配担当者は若い人が多く、
経験知識不足も手伝って、
何の疑いもなく自分の普段の感覚だけで、
—要は、貧乏根性丸出しで—
自分で荷物を持ってホテルまで
電車移動という手配をしてしまう、
ツアー担当者も、そのことに
疑問を持たないこともあります。
ツアーのランクと照らし合わせて、
不自然な手配がされている場合は、
クレームが出ないよう、早急な対策が必要です。
このツアーなら、当然タクシー利用と考え、
事前打合せで提言したところ、
『我儘なガイド』と言われたことがありました。
それは、13泊14日で、2014年時点で、
1部屋2名利用の1名料金が、
約90万円のツアーでした。
本当のお1人様は、100万円を超えていました。
その条件で、自分で荷物を持って、
電車でホテルへ行きますかね???
その後、そのツアー料金は値上げされ、
2名1室利用の1名料金が、
130万円越えになっています。
こちらが事前に指摘したのに、
旅行社側が「大丈夫」といい、
現地旅行社との取決めだと言われれば、
「そうですか」というほかありません。
私が遭遇したそのツアーの場合、
その次からはタクシー利用に変更になりました。
自分がゲストの立場ならどう思うか?
答えは簡単です。
上手にタクシーを利用することです。
しかも、広島駅からホテルまで、1000円程度。
ナニをケチっているのか意味不明です。
1台に3名乗車すれば、電車料金と
それほど変わりません。
ランチのあと専用車で半日観光
この記事では、昼食後に、専用車で
半日観光に出発する設定です。
団体ツアーで広島市内観光といえば、
原爆ドーム、平和公園と平和資料館へ行きます。
広島駅から原爆ドーム
原爆ドーム~平和公園~平和資料館
についての説明は、多岐にわたり、
説明すべき内容多いのに、
駅から原爆ドームまでは、
数分程度で到着してしまいます。
降車時と降車後の注意事項伝達を、
しっかり伝える必要がありますので、
ガイディング時間は、ほとんどありません。
網棚からモノを降ろしたりすることなく、
すぐに降りられるようスタンバイした態勢で、
シートベルト着用をお願いして出発します。
僅かばかりの距離でも、
必ず上着を脱ぎたがり、
荷物は必ず網棚に載せたがる、
ナンなでしょうねぇ。。。
あと数分で降車しますと言っているのに!
原爆ドーム
ごく一般的なルート。
ドライバー様と出発前打合せは必須。
ここでバスを降りたら、
その後はずっと徒歩移動になり、
平和資料館見学終にバスに戻ることを、
必ずご案内します。
所要時間として2時間程度は、
バスに戻ることはできないので、
必要なものがあれば持参するよう、
早めにお伝えします。
雨が降りそうなら念のため傘は持つ。
二度と同じ場所を通らないので、
はぐれて迷子にならないよう、
ガイドを見失わないよう注意喚起。
原爆ドーム前にバスを付けていただきます。
駐停車禁止云々で難しい云われて、
ヘンテコな場所に着けられることもありますが、
繁忙期には、ドーム前に
続々と観光バスが到着します。
エノラゲイが原爆投下目標とした相生橋手前です。
バスで降りる場所。路面電車の停留所も目の前。
相生橋から見た原爆ドーム
道路から川沿いにドームを見学、
少し先へ進むと、
ユネスコ世界遺産としての説明プレートがあり、
多くの人がその説明写真を撮ります。
多くの場合、バスの中で
ガイディングする時間がありませんから、
イヤホンガイドがあれば、
説明をしながら進めます。
目の前に説明が書かれていても、
基本情報は必ず話します。
少人数で静かにするという条件付きなら、
—それが可能であると判断できれば—
爆心地の島病院まで行くこともあります。
必ず静粛に !! と念を押すこと。
グーグルマップのストリートビューで
行き方が分かります。
下見の時には必ず確認ください。
ドーム近辺に戻り、
学度動員慰霊塔でご挨拶をして説明。
元安橋を渡って平和公園に向かいます。
原爆の子の像
修学旅行や他の団体で混雑していますが、
鐘を鳴らしたい人がいれば、やってもらう。
折紙を見て回りたい人達がいれば、見てもらう。
貞子さんに代表される犠牲者への話もします。
彼女が折った折紙作品が資料館に
展示されていることも、ご案内します。
5月なら、お隣の薔薇園の薔薇が見事です。
そちらに燃えるゲストもいます。
花あるところに仏あり、ですから。
ガイドは時計を見ながら、
ほどほどのタイミングで歩きだします。
ガイドが歩きださないと、絶対に進みません!
いつも一番最後で遅れを取りまくる人の行動を
計算して歩きだす。
平和の灯:反核と恒久平和実現まで燃やし続けられると言えば、
「じゃあ、この先もずっと消えることはないね」と言われます。
その灯の横を通り、慰霊碑へ向かいます。
原爆慰霊碑前、平和の池の中に
数カ国語の説明プレートがありますが、
水の中で分かりにくいので、ご案内してください。
慰霊碑前は多くの人で混雑しますが、
できるだけこの近くで説明をします。
慰霊碑のアーチの中に
原爆ドームがちょうどおさまるので、
写真撮影順番待ちで少し時間がかかります。
終わり次第、歩きだします。
平和記念資料館へ向かう前に、
寄り道することもあります(時間次第)。
資料館玄関に行く前に、
資料館横の売店方面へ向かい、
被爆樹木アオギリをご案内。
これも、グーグルのストリートビューで見られます。
被爆樹木があると聞いているとゲストから言われ、
最初の頃は、まったく知りませんでした。
ベテランの友人に教えていただいて、
ご案内できるようになりました。
アオギリは上手く説明できません。
花鳥風月の説明は大変ですね。
しょうがないので、学名を示します。
広島城にも「被爆樹木」が数本あります。
以前からずっと、おぼろげながら違和感を
抱いていたことがあります;
核爆発後の爆心地の地表面温度が3000~4000℃、
少し離れても2000℃にもなるような状況で、
なぜ、樹木が残っているのか?
不思議に思ったことはありませんか???
1945年5月、濃縮技術が間に合わず、
原爆完成にあと2~3年かかると、
云われていたそうです。
ヒントは、トリニティ実験。
太陽の爆発とされる核爆発が
地上30mで起こった。
爆発がおさまって、
オッペンハイマーやグローブスが、
実験用櫓まで見に行った写真は、
Wikiでも見られます。
櫓の基盤の鉄筋は曲がったまま残存。
地上30mで核爆発が起こって、
櫓の鉄筋は残りますか?
なぜ「トリニティ」という名称なのか?
近代歴史家の林千勝先生のご著書を、
ご覧ください。
ガイドとして以前に、
日本人として知るべき事実が、
何重にも裏付けされた一時資料と
共に記されています。資料館の中には、原子爆弾を、
「日本人の上に落とす」と書かれた
書簡が展示されています。
それが終わったら、資料館正面玄関へ向かいます。
平和記念資料館
団体でゾロゾロと館内(東館)に入ると、
守衛さんが誘導してくれます。
最近は、QRコード決済となりましたので、
できるだけ印刷した紙を持参して、
係員の指示に従います。
スマホの画面を見せるのももちろんですが、
万が一、通信状況が悪いとか、
何らかの不具合が発生すると、
入場できなくなります。
エージェントさんから、紙だけが渡されれば、
それを持参します。
音声ガイド
音声ガイドを借りるツアーがあります。
音声ガイドの団体利用は、事前予約が必要です。
ツアー前に、必ず確認連絡をして、
予定訪問時刻と人数分の確保台数を確認します。
その料金も窓口で払いますが、
領収書は別々にします。
人数確認
入口や窓口があるのが東館、細長い建物が本館。
異動前に、東館と本館があること、
見学の順路を説明し、
最後に集合時間と集合場所を確認します。
最後は、窓口横の階段(⇒見えます)から
降りてくること、
どこに、何時何分に集合と、
集合時刻と集合場所をお伝えします。
入口・窓口があるのが東館:平面図
上の平面図をご覧ください。
3Fの常設展示室へ向かうのですが、
エスカレーターに乗る手前に、
各国語のパンフレットがありますので、
1人づつ取るようにご案内します。
見学開始
3階に上ると、壁一面に写真があり、
ここでゲストはゆっくりと見始めるのですが、
「立ち止まらないで進んでください」
と言われるので、
進まないといけないわけですよ。
空いていれば、問題ありません。
続く、1945年8月6日と書かれた部屋に入ると、
被爆前後の様子をCGで再現した展示があります。
米軍が爆撃前後に撮影した写真を基に
作成された街の様子の上に、
6台のレーザープロジェクターを使い、
爆弾投下から街が破壊される様子が映し出される展示で、
展示模型の直径は5メートル。
気分が悪くなることがあるかもしれない、
との注意書きあります。
この部屋を出たら左折、
渡り廊下から本館をご案内します。
その先は、各自自由見学になりますので、
通過する人達ごとに、今後の順路をご案内します。
本館の展示は、順路通りに進み、突き当ったら、
自然と平和公園の慰霊碑が見える廊下へ出て、
この通路を戻り、そのまま真直ぐ進んで
次の展示へ行くようご案内。
本館奥の出口手前で、
音声ガイド機器を返却すること。
最後の人達と思われる人達が渡り廊下を進んだら、
ガイドは、速足で団体の全体の様子を見に行きます。
先頭の人達が渡り廊下から戻る少し前に待機し、
「核兵器の危険性」の展示方向をご案内。
原爆ドーム、リトルボーイ、ファットマンの模型は、
必ず全員に見てもらうこと。
ホントに原子爆弾だったのか否かはさておき。。。
困ってしまうのは、熱心に展示を見たり、
資料を読む人達が多いのはとても良いことなのですが、
時間制限があることです。
途中で嫌になって見学を切り上げる人もいます。
実際に第二次大戦の戦闘経験がある方、
辛いことを思い出して嫌になった方、
知ってはいたけれど、
やりきれない思いに襲われる方、
せっかくの楽しい旅行気分を取り戻そうと、
休憩所でソフトクリームを食べる人達、
いろいろです。
そこが終わったら下の階へ降り、
さらに1階に降りると、
ソファスペースがあります。
さっさと終わって座って休みたい人もいますし、
売店でお買物をする人達もいます。
いちおうオバマ大統領作とされる折鶴が、
そのソファスペース近くにありますので、
それも全員に漏れなくご案内ください。
お手洗いは、1階の売店へ行く手前が便利です。
そのお手洗いへ入る手前に、
スタンプコーナーがあり人気なので、
ご案内ください。
見学ほぼ終了
時間になって全員集合したら、バスに電話。
今度は正面玄関からではなく、
さきほど3階へ上るときに利用した
エスカレーターがある出口へ向かい、
最後の展示を見ます。
・ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の平和アピール碑
・世界平和監視時計
⇒広島への原爆投下からの日数
⇒最後の核実験からの日数:これは頻繁にリセットされる。
以上を手短にご案内し、外に出る頃には、
バスが到着します。
ちょっとモタつく団体なら、
バスへの連絡を少しだけ遅くすると
ちょうど良いかもしれません。
見学所要時間
原爆ドーム横でバスを降りてから
平和公園内を歩き、
資料館見学をしてバスに乗り込むまで、
旅行会社が行程に設定する時間は、
平均1時間半、長くても2時間です。
資料館の展示をあまり見ない人達なら
これでも問題ありませんが、
多くの場合、これでは時間不足ですから、
適宜、前後の調整や工夫が必要になります。
とくに、平和資料館見学後、お客様から、
「大虐殺を行ったアメリカは、
日本に謝罪したのか?」
と聞いてくることがよくあります。
そのあたりのことは、客観的に答えましょう。
また、戦没者慰霊碑には、
「安らかに眠ってください
過ちは繰り返しませぬから」とあります。
日本が自国民を虐殺したのではありません、
日本語に主語がないことを悪用されています。
大東亜戦争の目的は、
アジア諸国を植民地支配から解放すること;
日本は負けましたが、
この目的は達成されました。
GHQは、日本を占拠した翌年から、
合計で7000冊以上もの書籍を焚書にしました。
焚書は、国際法で禁止されているため、
焚書自体も隠蔽されています。
最近、アメリカで公文書が次々と公開され、
隠されていたな事実が、
一次資料に基づいて明らかにされてきています。
それらの事実については、日本人通訳案内士として、
いち早く入手し、自分で消化したうえで、
お客様へのご案内にも役立てていきたいものです。
難しい局面もあるでしょう。
相手の雰囲気を察知しながら、
臨機応変に対応するのみ。
客観的に物事を判断できる人ばかり
とは限りません。
事実は伝えたいけれども、
それによって、ツアーの雰囲気が
氣まずくなれば本末転倒です。
戦争とは、軍人同士が、軍服を着用し、
国や軍の所属などを表す決められた記章などを付け、
戦闘規則に則って、武器を持って戦うことであり、
負けて捕虜になったら、
相応の扱いを受ける決まりですから、
軍服を着用していないと、
正式な捕虜の扱いは受けられない。
民間人への攻撃は、戦争ではなく虐殺です。
東京をはじめとする各都市の大空襲、
広島や長崎への原爆投下による被害と犠牲者は、
戦禍ではなく大量虐殺によるものなのです。
大東亜戦争中に日本中の都市が空襲され、
最近の研究によると、
東京大空襲では、11万5千人以上の犠牲者、
爆撃被災者300万人以上、
広島と長崎の原爆だけではなく、
日本中が火の海になったことも、
併せてお伝えするべきでしょう。
東京をはじめとする、
日本中の都市の空襲のことは、
意外と知られていませんので、
併せて、ここでお伝えしています。
このような話題は、シリーズツアーでも、
個々のグループやお客様次第ですから、
嫌がる場合は軽く流し、
詳しく聞かれたら説明をします。
ゲストが、第二次大戦中の体験を
語り出すこともあり、その場合は、
お互いに情報共有して活かしています。
どこもかしこも、駆け足ばかりで、
実際、ゲストからは
「全然ゆっくり見られない」と、
毎度言われるので、
その旨を報告書に毎回書いていますが、
状況は依然として変わりません。
広島城が見えるように通っていただきましょう。
車窓だけでもとても喜ばれます。
このあと、広島市内のホテルにチェックインする場合、
少し自由時間ができるはずです。
繁華街に近いホテルなら、
ホテルに近隣地図をお願いしておき、
ショッピングや近くの散策をご案内し、
夕食時の場所と集合時刻を確認して
一旦解散します。
次回は、宮島へ行きます。
コメント